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東京高等裁判所 昭和63年(う)1250号 判決 1989年5月29日

本籍

横浜市保土ケ谷区峰岡町一丁目八一番地の五

住居

東京都品川区南大井三丁目二三番一〇号

パールマンション大森七〇一

旅行会社臨時従業員

坂嘉造

昭和一〇年一〇月二二日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和六三年一〇月五日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官平田定男出席の上審理をし、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人山田有宏、同松本和英、同牧義行連名の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官平田定男名義の答弁書に各記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一点(事実誤認の主張)について

所論は、要するに、1 被告人が株式の売買を他人名義でしたのは、被告人が証券会社に勤めていたため、被告人自身の名義でいわゆる株式の手張り行為をすることが禁じられていたからであって、つまり、関東財務局が行う検査による手張り行為の発覚を免れるために行ったものであり、脱税を目的として行ったものではない。このことは、被告人が借名口座として利用した木下順子名義等の取引が、いずれも免税枠を優に超えていることから端的に裏付けられる。したがって、原判決が「被告人は、自己の所得税を免れようと企て、有価証券売買を他人名義で行うなどの方法により所得を秘匿した……」と判示した点は、事実誤認である。2 被告人は、本件各対象の三箇年とも源泉徴収税額を納付しており、少なくとも給与所得については所得を秘匿していないのであるから、原判決が、量刑の事情においてではあるが、被告人がこれをも含めた所得全額を秘匿した旨判示した点は、事実誤認である。そして、右各事実誤認はいずれも判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

そこで、原審記録を調査して、以下検討することとする。

1について 本件各課税対象年当時の所得税法は、課税対象となる有価証券の継続的取引の基準を(以下、課税基準という。)売買回数年五〇回以上、かつ、売買株数又は口数の合計二〇万以上とし、この基準を超える売買取引を行って挙げた所得についてのみ、課税所得になるものとしているところ(昭和六二年政令第三五六号所得税法施行令の一部を改正する政令による改正前の同施行令二六条二項)、なるほど、関係証拠によれば、被告人が利用した借名口座には課税基準を超える取引が行われているものが認められる上、被告人は、原審公判廷において所論に添う供述をしている。しかしながら、被告人が借名口座を利用して株式の売買取引をするに当たって、右の課税基準を超えないようにしていたかどうかにかかわらず、自己の名前を表面に出さずに他人名義を用いて取引をし、その取引が被告人の取引であることを隠蔽することにしたことにより、その取引が被告人のいわゆる手張り行為であることを秘匿することにも、その取引によって得た利益・所得が被告人に帰属するものであることを秘匿することにも資するのであって、右各借名口座につき課税基準を超える取引が行われているからといって脱税目的を達し得られないわけではないこと、手張り行為の発覚を免れるためだけであれば、証券会社の従業員以外の他人名義で取引をすれば足り、多数の借名口座に分散して取引を行う迄の必要はないこと、一つの口座に取引が集中しないように多数の借名口座に分散して取引を行ったということは、取引及び所得を分散することにより、取引規模を小さく見せ、その取引から生ずる利益・所得を目だたないようにして、国税当局からの追及をかわそうとするにあったことの証左といえるのであって、被告人が検察官に対する供述調書において、多数の借名口座に分散して取引を行った理由を、自分の株式取引が関東財務局に知られないようにするためだけでなく、国税当局にも知られないようにするためであったと供述するところは十分信用するに足りること、その他原判決掲記の関係証拠を併せ総合すれば、被告人は、最初に口座を開設した実妹木下順子の名義で取引を行っただけでなく、延べ一六もの多数の借名口座を用いて取引を行っており、被告人が多数の他人名義で株式売買を行ったのは、手張り行為の発覚を免れるためだけではなく、これに加えて、それらの取引が被告人の取引であり、それらにより生じた所得が被告人に帰属するものであることを秘匿し、国税当局の追及を免れようとの意図によるものであったことが優に認められる。

なるほど、脱税をより完璧なものとして実行しようとする場合には、各口座の株式売買の回数・売買株数を課税基準内に止めて、これを超えそうになった都度次々に借名口座を増やして行く方法が当然考えられるけれども、しかし、特定の証券会社にそのような課税基準に近い取引限度にとどまる口座が多数存在するということは、脱税のための口座分散・借名口座の存在をたやすく推測させ、脱税の発覚の端緒となるものである上、課税基準を超える取引が行われている口座は、一見作為や不正のない正常なもののように見えるところから、借名取引による脱税を暴かれないようにするためには、かえって課税基準にとらわれずに、取引することも考えられないではないこと、年五〇回以上かつ二〇万株以上の株式売買があったとしても、それにより申告を要するだけの利益が挙がらなければ納税義務は生じない上、膨大な株式取引量・取引当事者数に加えて、納税者番号制度等株式取引により生ずる所得の把握を確実かつ容易にする方法が採られていないことや、国税当局の査察体制・査察能力等からして、現状においては、右の課税基準を超えた株式の売買取引があれば直ちに所得調査に乗り出すことが出来るほどの余力はなく、主として悪質重大な脱税が疑われるものに集中せざるを得ない実情にあること、証券業界に長年身を置く被告人としても、これらのことを熟知していたことが推認され、さればこそ、被告人も、各借名口座の株式取引を課税基準内に止めようとの工作迄はしなかったとともに、一つの口座名義の株式売買の回数・売買株数があまり大きくなって国税当局の目を引かないように、多数の借名口座に分散して取引を行ったものと認められるのであって、課税基準を超える取引口座があることをもって、被告人が脱税の意図で他人名義を用いたのではないことの証左とすることはできない。以上、被告人が、本件株式売買を他人名義で行ったのは、手張り行為の発覚を免れるためのみではなく、自己の所得税を免れようとの意図もあったとする原判決の認定に事実誤認は認められない。論旨は理由がない。

2について 所論は、原判決の「量刑の事情」の項における説示をとらえ、事実誤認を主張するものであるが、かかる量刑事情たる事実は刑訴法三八二条にいう「事実」に含まれないから、主張自体失当である。なお、所論にかんがみ、原判文を見るに、なるほど、原判決は、量刑の事情の項の冒頭において、「本件は、証券会社の部長をしていた被告人が、昭和五九年以降三年間に合計六億三〇〇三万一七一三円の所得をあげながら、所得を全て秘匿することにより、右三年分合計三億九七九五万七五〇〇円の所得税を脱税したという事案であって、ほ脱額が高額で、ほ脱率も一〇〇パーセントであり、この点からだけでも犯情は悪質である。」と判示しているところ、右三年分の所得合計六億三〇〇三万一七一三円は、有価証券売買益等の雑所得合計六億〇五〇八万〇三九八円と給与所得合計二四九五万一三一五円からなるもので、給与所得に係る所得税分は被告人の勤務先会社において源泉徴収し国に納付済であるから、給与所得分は秘匿していないことになり、秘匿した所得は有価証券売買益等の雑所得六億〇五〇八万〇三九八円ということになる。また、右三年分の所得税額は、四億〇二一一万一四〇〇円であり、そのうち給与所得に係る源泉徴収税額は四一五万三九〇〇円で、差引三億九七九五万七五〇〇円の所得税を免れたことになるから、ほ脱税率は約九八パーセント強ということになる。したがって、原判決の右判示中、所得を全て秘匿したとした点及びほ脱率が一〇〇パーセントであるとした点は、いずれも妥当を欠く嫌いがないわけではない。しかしながら、原判決は、罪となるべき事実及び添付の別紙一ないし三の各(2)の脱税額計算書においては、いずれの年分についても、給与所得、雑所得、それらの合計である総所得金額、所得控除額、課税総所得金額、これに対する所得税額、源泉徴収税額を明示した上、課税総所得金額に対する所得税額から給与所得に係る源泉徴収税額を差し引いて脱税額を計算しており、叙上の各金額、計算、ほ脱した所得税額にはいずれも誤りはないこと、原判決は量刑の事情の項の一四行目から一五行目にかけて記述するように、被告人が株式売買により挙げた利益全てを秘匿していたことを量刑上重視していることが認められ、これらによれば、原判決は本件事案の核心が有価証券売買益等の雑所得の秘匿にあることを念頭に置き、総所得の中から右部分を特に採り上げ、これを中心に説示したものと認められるのであって、措辞適切を欠くそしりは免れないとしても、およそ右説示が判決に影響を及ぼすべき瑕疵に当たるとまでは認められない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二点(量刑不当の主張)について

所論は、要するに、被告人に対する原判決の量刑は重きに失し、特に懲役刑につき執行猶予を付さなかった点で著しく不当である、というのである。

そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討すると、本件は、証券会社の部長の地位にあった被告人が、長年にわたり携わってきた株式取引の経験と情報を入手しやすい立場にあることを利用して、営利の目的で継続的に有価証券の売買を行い、多額の利益を挙げておりながら、その所得税を免れようと企て、他人名義で有価証券の売買を行うなどの方法により所得を秘匿した上、昭和五九年、六〇年、六一年の三年分の実際の総所得金額の合計額が六億三〇〇三万一七一三円(有価証券売買益等の雑所得六億〇五〇八万〇三九八円、給与所得二四九五万一三一五円)もあったのに、いずれの年においても、法定の納期限までに所轄税務署長に対し、所得税確定申告書を提出しないで納期限を徒過させ、右三年分の所得税額四億〇二一一万一四〇〇円のうち給与所得に係る源泉徴収税額四一五万三九〇〇円を除いた三億九七九五万七五〇〇円の所得税を免れたという事案であるところ、被告人は、昭和二九年四月金十証券株式会社に入社し、市場課、売買課等を経て、同五四年四月株式部部長に、同六一年四月市場部部長に各任じられ、幹部職員として同社従業員を指揮監督すべき立場にあったこと、しかも証券取引法五〇条三号、証券会社の健全性の準則等に関する省令一条五号により、証券会社の役員や従業員が、自己の職務上の地位を利用して、顧客の売買注文の動向その他職務上知り得た特別の情報に基づいて、又はもっぱら投機的利益の追求を目的として有価証券の売買をする行為が禁止されている上、監督官庁である大蔵省からもそのような行為を行わないように厳しく指導監督を受けており、そのことを十分承知しておりながら、その立場をわきまえず、同会社取締役金子孝行と共同あるいは単独で、長期間にわたって、被告人のいわゆる「場立ち」としての経験と叙上の証券会社における株式部部長等の立場を利用して、自己の計算において株式売買(いわゆる手張り)を行い、獲得した利益をさらに株式売買に注ぎ込んでその規模を拡大して行き、巨額の所得を挙げながら、毎年の確定申告に際しこれを全く申告せず、その結果、会社から支給を受けた給与所得に係る源泉徴収税額を除く、本件手張り行為による雑所得についての所得税全額を免れたものであり、ほ脱税額が巨額であること、そのほ脱税率が九八パーセント強にも及んでいること、本件犯行の手段態様も税務調査による脱税の摘発を困難にすべく、他人名義を使用して多数の取引口座を次々に開設し、継続的に本件犯行を重ねていたものであって、計画的かつ巧妙な犯行であり、その犯情は極めて悪質であるといわざるを得ないことなどを総合すると、被告人の刑責には重いものがある。

所論は、原判決が量刑の事情として判示している諸点の中から四点を取り上げて非難するとともに、これらを全て被告人のため有利な事情として酌むべきである、と主張する。しかしながら、原判決の各説示に誤りや不相当とすべき点はなく、また所論の掲げる理由をもって被告人に有利な情状とすることはできない。すなわち、(1)所論は、本件犯行の動機として原判決が指摘する点をとらえ、人が自己やその家族等が豊かな生活を送れるようにするための資金を獲得しようとすることは悪いことではない、と主張するところ、なるほど右は人として自然な欲求であるとしても、この欲求を充たすためには何をしてもかまわないとはいえないことはもとより、脱税は、国の収入を減少させ国家財政を害するだけではなく、脱税者が脱税によって自己の所得を減らさないで済む反面、他の納税義務者の均衡負担の利益の侵害をもたらすものであって、本件脱税事犯において上記の動機をもって被告人に有利な情状とすることはできない。(2)所論は、被告人は、脱税を目的として借名口座を開設したのではないから、借名口座利用をもって悪質とするのは妥当でない、と主張する。しかしながら、借名口座の利用が手張り行為の発覚を免れるためのほか、所得を秘匿するための手段方法であったことは、前記認定のとおりであって、延べ一六もの借名口座を使用して所得を分散秘匿した点において、本件犯行が計画的かつ巧妙なものであるとした原判決に誤りがあるとは認められない。(3)所論は、被告人は上司の副社長の金子とともに手張り行為をやっていたのであり、監督者として責められるべきは金子の方であり、さらに証券業界全体においても借名口座利用や手張りを容認する風潮があったのであるから、被告人のみを強く責めるのは極めて酷である。伝票の時刻を遡らせたりしたのも、会社のシステムとして時刻の正確な記入がルーズであったためであり、この点でも被告人を強く責めるのは酷である、と主張する。しかしながら、証券業界には手張り行為を看過する風潮があり、これが本件犯行の誘因の一つとなっていたことは、原判決も被告人に有利な情状の一つとして認めているところである。そしてまた、所論が指摘するように、被告人とともに手張り行為をしていた取締役の金子孝行にも監督者として責められるべき点があるにしても(なお、同人が、副社長になったのは、本件後の昭和六二年一〇月である。)、被告人もまた同じ証券会社の株式部部長、市場部部長の地位にあった者である上、金子と共同して株式の売買を行った部分においては、互いの経験と情報を持ち寄って取引をし、利益を折半したもので、両者の間に主従の関係があったわけではなく、対等の立場において協力し合ったものであること、しかもそのほかに被告人単独で株式の売買をして利益を挙げており、その規模及び利益も大きいこと、被告人はまた、幹部職員の立場を利用して、時間を遡らせた買付伝票を作成させたり、会社の自己売買対象株を被告人個人の売買対象株へ付け替えさせるなどの種々の工作をめぐらせた手張り行為を行っていたもので、これらが非難に値するものであることは明らかである。(4)所論は、本件は脱税事犯であり、手張り行為などの証券取引法違反を処罰している事案ではない上、被告人は、一般投資家でも知ることができる状況を見てこれを追うことにしたほかは、自ら勉強し、景気の見通しを判断して売買していたものであり、株式の売買そのものは全て投機的なものであるから、被告人の本件行為をもって一般投資家の証券市場の公正さに対する信頼を裏切ったとするのは極めて不当である、というのである。なるほど、証券取引法五〇条三号には罰則が設けられていない上、本件は脱税事犯であり、証券取引法違反そのものを直接問うものではない。そして、原判決も手張り行為などの証券取引法違反を処罰する趣旨で所論の判示をしたものではなく、原判決の判示する趣旨とするところは、右条項に違反する手張り行為が禁止されていることを十分承知していた被告人が敢えて本件手張り行為に及んだことは、規範意識の希薄さを示すものであるとともに、証券市場の公正さに対する一般投資家の信頼を裏切ったものであって、社会に及ぼした影響が大きいことを被告人に不利益な情状の一つとして斟酌したに過ぎないことが明らかである。そしてまた、被告人は、一般投資家でも知ることのできる状況を見てこれを参考にしたり、自ら勉強したり、景気の見通しを判断したりしただけではなく、自己の職務上の地位を利用し、職務上知り得た特別の情報に基づいて、投機的利益の追求を目的として株の売買をしていたものであり、被告人のこのような行為が一般投資家の証券市場の公正さに対する信頼を裏切る行為であることは明らかであり、原判決の判断に誤りがあるとは認められない。

所論は、また、証券業界においては、株の取引によって得た利益については、前記の課税基準を超えても、所得税の確定申告をしないのが業界の常識とされている中で、被告人だけを厳罰に処するのは酷に過ぎること、本件後の改正所得税法や有価証券譲渡益課税制度の変革のもとにおいては、被告人の脱税金額は大幅に減少することになるから、刑法六条の精神を準用して、被告人に対する刑を相当程度軽減すべきである、というのである。しかしながら、所論のいうように、証券業界においては一般に租税法規を遵守しようとの姿勢が薄く、納税意欲も薄い実情があるため、被告人がそのような風潮に流されて株の取引によって得た利益について確定申告を怠った面があるにしても、国民や社会一般は、租税正義・租税負担公平の具現化を強く求めているのであって、右のような同業界の実情・風潮こそ改められるべきであって、所論の掲げる理由をもって脱税の刑責を軽減化せしめる理由とすることはできない。そしてまた、本件後の改正所得税法による税率・税額の変更や有価証券譲渡益課税制度の変革は、ほ脱罪の構成要件そのものを定める法規や刑罰を直接変更するものではなく、単に構成要件にあたる事実の面で法規の変更があったに過ぎないし、罰金額算定の基礎となる税率・税額の改正の如きものも刑(所得税法二三八条二項)の変更に当たるとしても、本件の課税対象年は、昭和五九年、六〇年及び六一年であって、<1> 昭和六二年法律第九六号所得税法等の一部を改正する法律(昭和六二年一〇月一日施行)は、その二条(所得税法の一部改正)中において、所得税法八九条一項の表を改正し、同改正規定は、同改正法律附則一条(施行期日)によりその施行期日を同年一〇月一日と定め、同附則二条(所得税法の一部改正に伴う経過措置の原則)は、「この附則に別段の定めがあるものを除き、第二条の規定による改正後の所得税法……の規定は、昭和六十二年分以後の所得税について適用し、昭和六十一年分以前の所得税については、なお従前の例による。」と規定し(なお、所得税法八九条一項の表の改正について、昭和六三年に限り適用があるものとして、昭和六三年法律第八五号昭和六三年分の所得税の臨時特例に関する法律((昭和六三年八月一日施行))三条((居住者の昭和六三年分の所得税に係る税率の特例))の定めがある。)<2> 所得税法施行令二六条二項一号・二号の規定する有価証券譲渡益課税の対象となる有価証券の継続的取引の基準を改正した昭和六二年度政令第三五六号所得税法施行令の一部を改正する政令(昭和六三年一月一日施行)の附則二条(経過措置の原則)は、「改正後の所得税法施行令の規定は、………昭和六十三年分以後の所得税について適用し、昭和六十二年分以前の所得税については、なお従前の例による。」と規定し、さらに、<3> 所得税法八九条一項の規定する所得税の税率の改正と、株式等の譲渡による所得をすべて課税の対象とし、申告分離課税と源泉分離課税制度を創設した昭和六三年法律第一〇九号所得税法等の一部を改正する法律は、その一条(所得税法の一部改正)中において、同法八九条一項の表を改正し、同改正規定は、同改正法律附則一条(施行期日)の一号イにより、その施行期日を昭和六四年一月一日と定め、同附則二条(所得税法の一部改正に伴う経過措置の原則)は、「この附則に別段の定めがあるものを除き、第一条の規定による改正後の所得税法……の規定は、昭和六十四年分以後の所得税について適用し、昭和六十三年分以前の所得税については、なお従前の例による。」と規定し、同改正法律の一〇条(租税特別措置法の一部改正)中の三七条の一〇(株式等に係る譲渡所得等の課税の特例)及び三七条の一一(上場株式等に係る譲渡所得等の源泉分離選択課税)は、いずれも昭和六四年四月一日以後に株式等の譲渡をした場合の当該株式等の譲渡による所得を対象とするものであることを明定しており、また、右三七条の一〇及び一一は、いずれも同改正法律附則一条(施行期日)の三号リにおいて、その施行期日を昭和六四年四月一日と定めており、同附則六二条(租税特別措置法の一部改正に伴う所得税の特例に関する経過措置の原則)は、「第十条の規定による改正後の租話特別措置法(以下『新租税特別措置法』という。)第二章の規定は、新租税特別措置法及びこの附則に別段の定めがあるものを除くほか、昭和六十四年分以後の所得税について適用し、昭和六十三年分以前の所得税については、なお従前の例による。」と規定しており、本件各年分の所得税率及び有価証券譲渡益課税については、いずれも従前の例によることになっているから、従前の行為に関する限り何らの変更を見ないのであって、刑法六条の適用のないことはもとより、その準用の余地もない(大審院昭和七年(れ)第一一二号同年四月一日判決・刑集一一巻五号三一八頁参照)。法の精神は、正に同一法令施行の当時その法律の定める同一違反行為をした者に対しては、裁判の時如何にかかわらず、同一刑罰により処罰するとするものであるから、昭和六二年以降に所得税法が改正され税率が軽減されたことや有価証券譲渡益課税制度が改正されたことを以て、刑法六条の精神を準用し、本件各年分の脱税額を右軽減された税率や改正された有価証券譲渡益課税制度に基づいて計算したのと同視して量刑すべきである、とする所論は到底採り得ない。

さらに所論は、昭和天皇の崩御に伴う大赦の実施があったことを挙げて、その精神から被告人に対する刑は相当程度減刑されるべきであるとし、また株式取引による所得についての他の脱税事犯に対する裁判例と比較して被告人に対する量刑は重過ぎる、と主張する。しかしながら、大赦の対象とならなかった本件につき相当程度減刑すべきであるとする合理的理由は見出し得ない。また、脱税事犯の量刑に当たって、脱税額の大きさは重視されるべき要素の一つではあるが、それに限られるわけではなく、それが当初から一貫した意図の下に計画的に実行されたものかどうか、その手段・方法、それが単年限りのものか、あるいは長年反復継続して来た脱税行為の一環として行われたものかどうか、脱税の動機、ほ脱所得の使途・行方、脱税発覚後の被告人の態度、脱税した本税・付帯税等の納付状況等多くの量刑上考慮すべき要素があり、これらを総合して量刑することとなるのであるから、所論が挙げる裁判例より本件の脱税額が少ないからといって、そのことのみによって本件の懲役刑につき執行猶予を付さなければ刑の権衡を失するとはいえない。

してみると、被告人が本件犯行について深く反省していること、本件各年分の期限後申告を行った上本税については全額納付済であること、重加算税合計約一億四〇〇〇万円弱の内、原審当時に五五〇万円が納付され、さらに当審において二二〇万円を納付していること、国税当局に差し押さえられている被告人のマンションの売却あるいは公売が行われれば、それによる売得金がその余の重加算税及び延滞税に充当されることになっていること、被告人の経歴、努力して株式相場に強くなり、被告人が勤務していた証券会社の発展に貢献して来たこと、本件により勤務先会社を懲戒解雇された上、本件が新聞等で大きく取り上げられるなど既に相当程度社会的制裁を受けていること、被告人には前科・前歴がないこと、その他所論指摘の被告人に有利な諸般の情状を十分斟酌してみても、被告人を懲役一年六月及び罰金八〇〇〇万円(脱税額の約二〇パーセント。換刑処分一日二〇万円)に処した原判決の量刑は、その刑期及び罰金額は勿論のこと、右懲役刑に執行猶予を付さなかった点においても、これが重過ぎて不当であるとは認められない。所論は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 寺澤榮 裁判官 朝岡智幸 裁判官 新田誠志)

控訴趣意書

所得税法違反

被告人 坂嘉造

平成元年一月一九日

右弁護人 山田有宏

同 松本和英

同 牧義行

東京高等裁判所第一刑事部 御中

第一、原判決は、判決に影響を及ぼすべき事実誤認があるので、破棄されなければならない。

一、原判決は罪となるべき事実において「被告人は自己の所得税を免れようと企て、有価証券売買を他人名義で行うなどの方法により所得を秘匿し・・・」と判示しているが、右は事実を誤認している。

たしかに被告人は確定申告をしなかつたことによつて所得税を免れたことは事実であるが、脱税を目的として株式の売買を他人名義で行つた所得を秘匿したものではない。

被告人が株式の売買を他人名義でしたのは、被告人が証券会社に勤めていたため、被告人自身の名義で、いわゆる株式の手張り行為をすることが禁じられていたからである。つまり、関東財務局が行う検査による手張り行為の発覚を免れるために、他人名義による株式売買をしたのであり、脱税を目的として株式の売買を他人名義でやつて所得を秘匿したものではない。脱税は証券業界においては税務申告をしないということが当り前とする一般的風潮に従つたままである。被告人の他人名義による株式売買が脱税を目的として所得を秘匿したものでないことについては、原審において被告人が「借名口座は当時の税法で年五〇回、かつ二〇万株以上の売買をしたときは、申告して税金を支払わなければならないことは知つているが、借名口座の利用は脱税を目的としたものではなく、関東財務局の二年に一回の定期検査を逃れるためだけだつた」「だから、どの借名口座を見ても、年五〇回、かつ二〇万株以下に意識的に押さえて利用したことはない」旨供述している(原審第二回被告人の供述五〇丁~五一丁)。このことは、甲一号証により認められるところであるが、被告人が一番早くから借名口座として利用した木下順子名義の取引を見れば端的に裏付けられるものである。即ち、木下順子名義では、昭和五九年分の信用取引銘柄のみの売買回数では、買いが三一回、売りが四四回で、合計七三回、売買株数は七三万一〇〇〇株であり、免税枠を優に越えていることが認められる。また、六〇年分の木下敏、中島和幸、磯村正行、竹原貞男(金十証券及び偕成証券)、六一年分の木下順子、木下敏、山口勝秋、磯村正行、唐沢幸光、藤井豊、竹原貞男名義の売買回数や売買株数についても免税枠が超えていることから、被告人の供述が真実であることが容易に認められる。

従つて、原判決はこの点を著しく事実誤認しており、これが判決に影響を及ぼすものであるから、破棄されなければならない。

二、原判決は、量刑の事情においてではあるが、「被告人が昭和五九年以降三年間に合計六億三〇〇三万一七一三円の所得をあげながら、同所得を全て秘匿することにより、右三年分合計三億九七九五万七五〇〇円の所得を脱税した・・・」と判示しているが、これも著しく事実を誤認している。即ち、判決自身別紙一ないし三の各2脱税計算書において認めているように、被告人は源泉徴収額を納付しているのである。つまり、昭和五九年分においては一〇五万一〇〇〇円、六〇年分においては一二六万三八〇〇円、同六一年分においては一八三万九一〇〇円の各所得税を支払つていることを認めている。従つて、被告人は少なくとも給与所得については、所得を秘匿していないのである。即ち、判決にいう六億三〇〇三万一七一三円の所得のうち、二四九五万一三一五円は秘匿していなかつたものである。然るに、原審判決は、この二四九五万一三一五円分を含めて所得金額を秘匿した旨判示したのは著しく事実を誤認したものであるから、破棄されなければならない。

第二、原判決は被告人を懲役刑につき執行猶予の判決をしなかつたのは量刑著しく重きに失したので、破棄されなければならない。

一、原告判決は、被告人の量刑の事情について

1 被告人の犯行の動機は、自己やその家族等が豊かな生活を送るための資金を獲得しようと意図したことによるもので、何ら酌むべきところはなく

2 所得秘匿の手段方法も、国税当局による調査解明が極めて困難な借名口座を多数使用していた点で計画的かつ巧妙である。

3 証券会社の部長として部下を指揮監督すべき立場にありながら、種々の工作をして手張り行為を続けていた。

4 証券会社の役職員は自己の職務上の地位を利用して顧客の売買注文の動向その他職務の上知り得た特別の情報に基づいて、又はもつぱら投機的利益の追及を目的として有価証券の売買をしてはならないという証券取引法五〇条三号、証券会社の健全性の準則等に関する省令第一条5号に違反し、一般投資家の証券市場の公正さに対する信頼を裏切る行為として社会に及ぼした影響も大きい

ことを理由して被告人に実刑の判決を言い渡しているが、以下に述べる理由から量刑著しく不当である。

二、第一事実誤認の主張において記載した内容は、全て被告人の有利な情状として、酌むべきである。

三、前記一の1にいう犯行の動機について、自己やその家族等が豊かな生活を送るためということは人間愛の発露であり、誉められることであつても、決して悪いことではないのである。ましてや、被告人は印刷会社の職工の貧しい家に生まれ、兄弟姉妹が五人もいたことから、生活が苦しく、希望していた大学にも進学できなかつたことや、人間の平均寿命が永くなつたものの、経済情勢の将来は不透明であり、老後の保障のない時代の被告人にとつては、なおさらのことである。被告人は酒やギヤンブルもやらず、専ら資金を再投資に回していたのであるから、被告人の犯行動機を悪くいう原判決は、極めて不当のものである。

四、前記一の2にいう所得秘匿の手段方法に借名口座を延べ一六口使用したことについては悪いことである。然しながら、第一の一において述べたように、被告人が借名口座を利用したのは、関東財務局の検査から手張り行為の発覚を免れるためであつて、脱税を目的としたものではない。脱税は所得の申告をしなかつたことによるもので、借名口座が増加したのは共同して手張り行為をしていた金子と意見が合わなくなつて自己独自に手張り行為をするようになつたことと、歩合給で生活している他社の証券外務員に頼まれて借名口座を開設したまでであり、脱税を目的としたものではない(被告人の供述、原審記録四八丁~五〇丁)。従つて借名口座利用をもつて悪質とする原判決は妥当でないといわなければならない。

五、前記一の3にいう監督すべき立場にありながら種々の工作をして手張り行為を続けたことについても、確かによくないことであるが、被告人は上司の副社長である金子と共にやつていたのであり、監督者として責められるべきは金子の方であり、さらに証券業会全体においても借名口座利用や手張りを容認する風潮があつたものであるから、被告人のみを強く責めるのは極めて酷である。伝票の時刻をさかのぼらせたことはあるが、これまた会社のシステムとして時刻の正確に記入については極めてルーズであり、あつてなきがごときシステムになつていたからであり、この点についても被告人を強く責めるのは極めて酷であるといわなければならない。

六、前記一の4にいう一般投資家の証券市場の公正さに対する信頼を裏切る行為云々についても原判決は極めて不当である。何故ならば、本件は脱税事犯であり、手張り行為などの証券取引法違反を処罰している事案ではないからである。証券取引法五〇条三号には何等処罰規定がない上、被告人は野村証券が大量に買うという一般投資家でも知ることの出来る状況を見てこれを追うことをした他は、自ら勉強し、景気の見透しを判断して売買していたものである(被告人の供述記録二九丁、七〇丁、七八丁~八〇丁)。さらに、株式の売買そのものはすべて投機的なものであるから、被告人の本件各行為だけで一般投資家の証券市場の公正さに対する信頼を裏切つたものとは未だいえないのである。

七、被告人の本件行為は、証券業界では公然の秘密であつた。

被告人の株式取引は多くの社員のいる前で公然と行つていたことが認められる他、会社の副社長と一緒にやつていたのであるから、被告人として罪の意識が薄かつたとしても強く責めるのは酷である。

被告人は株の売買利益について脱税したものであるが、証券業界においては、株の取引によつて得た利益につき、取引回数や同金額の非課税枠を超えても、所得申告して納税しないのが業界の常識といわれている。毎日新聞の昭和六三年六月二七日付夕刊によれば、一〇〇人の客のうち、九〇人は仮名借名口座であり、国税庁によると、非課税枠を超えたと所得申告したのは全国で五九年は五九件、六〇年は七〇件、六一年は一八六件に過ぎないとなつている。そして、六一年の全国の株式取引高は約一九三兆円、内、個人売買は約六〇兆円とされるが、六一年の申告件数一八六件が課税対象とした譲渡益はわづか約六〇億円のみとされている。そして、最近、東京地検特捜部が摘発した借名口座による中瀬古功の巨額脱税事件は、四大証券の社員がその脱税に手を貸していたと報じられている。また、大蔵事務次官を勤めた国会議員ですら株取引で二億円もの所得を申告していなかつたことが報じられている。

このように、証券業界では、非課税枠を超えても所得申告しないことが常識とされている中で、被告人だけを厳罰に処するのは極めて酷といわなければならないし、刑事裁判の目的たる衡平の理念にも反することになる。被告人が株の売買等において利得した金員はすべて再投資のため使用しており、利得した金員を不動産、その他に化体して隠匿することはなかつた。文字通り相場が好きな為、すべて相場に使つていたものである。僅かに被告人が居住するマンションを購入しているが、これとても住宅ローンを利用していたほどである。被告人は昭和六二年一月現在で現金五億円を保有し、六二年の所得が五五〇〇万円とされているところ、右金員は住宅ローンに一六〇〇万円、六二年度の所得税二四〇〇万円、保釈保証金六〇〇〇万円、五九年から六一年度までの所得税約四億円、妻との離婚による慰謝料一五〇〇万円、住民税等二〇〇万円、六二年度の生活費八〇〇万円、税理士、弁護士などの費用として七〇〇万円、合計五億三二〇〇万円が費消され、残金が二三〇〇万円となる。然しながら、被告人は、なお、延滞税、重加算税の計二億円を支払わなければならない。この二億円については、さきに述べた三三〇〇万円、保釈保証金五〇〇〇万円、国税局によつて差し押さえられている前記マンションで四〇〇〇万円、金子被告人から貰うべき金員五六〇万円、計一億二八六〇万円は支払うことができる。そして、残りの七一四〇万円については、友人から少しずつでも金を借りて何とか完済しようと努力しているところである。

八、被告人が就職した金十証券は、業界では零細企業の部類のものであるが、被告人は努力して株式相場に強い男となつたのである。

被告人が就職した頃は世間も不況であり、就職難であつたため、被告人は下積みの仕事を比較的長くやらされたが、その間専売から自分の小遣いは相場で稼げといわれたり、金十証券の隣にあつた合同証券の社長が獅子文六作「大判」のモデルであり、その男がいわゆる手張りをやつて大儲けをして世間の注目を浴びていたのを目のあたりに見て、それにあこがれ、子供の頃の貧困や老後のことなどを考え、自分も相場で儲けようと考えるようになつていつたのである。そして、被告人も自己名義で細々と株式投資をするようになつていつたのであるが、被告人は人一倍努力し、金十証券においても順調に出世し、専ら株式相場部門で成績をあげた。即ち、

昭和三九年 四月一日 市場課課長代理

同四六年 四月一日 市場課長

同五四年 四月一日 株式部長

同六一年 四月一日 市場部長

同六二年一〇月一日 市場売買室長

という具合であつた。

被告人は、金十証券の会長らも認めるように、株式相場に対する抜群のセンスがあり、長年に渡つて金十証券の自己売買においてその能力を発揮して会社に利益をもたらしている(喜多守の検面調書)が、それにき毎朝五時には起きて多くの新聞を丹念に読んだり、ラジオのニュースを聞き、常日頃から世界の政治経済情勢に通じるための本を読むなど、涙ぐましい努力を重ねてきたものである。

九、被告人は金十証券の発展に貢献することが大であつた。

証券会社の営業収益には、

1、顧客からの株式売買などの委託手数料たる受入れ数料

2、信用取引における利益や会社所有の株式配当である金融収益

3、会社としての自己売買の損益である売買損益

の三つがあるところ、証券会社は受入手数料や金融収益だけではやつていけないところから、どの証券会社も売買損益にも力を入れている。

金十証券においても被告人が昭和三九年頃から力を入れるように進言してこれを実現させ、被告人は売買損益の八〇%部分を占める個人プレーの、いわゆる「日計り」の自己売買損益を担当していたのである。

因みに、金十証券の売買損益は、

昭和六〇年 七一六、二七五、〇〇〇円

同六一年 八六六、五〇〇、〇〇〇円

同六二年 六七五、八一七、三六二円

であつたから、被告人の会社に対する功績は相当評価していいものである。

一〇、刑法六条の精神から、被告人は相当程度減刑されるべきである。

被告人の脱税額は約四億円とされているが、昭和六三年三月三〇日施行の所得税法改正法による所得税減税によれば、三年間で計一億一〇四万二九〇〇円減税されることから、計算上被告人の脱税額は約三億円となる。さらに不衡平税制を改正するため、昭和六四年四月一日から改正される有価証券譲渡益課税によれば、他の所得と分離して二〇%の税率による確定申告でよいことになるので、それを適用すれば、被告人の脱税額は一億二〇〇〇万円となる。更にこの改正法によれば、株式譲渡による所得の金額は譲渡代金の五%相当額とみなし、その二〇%の税金を支払えばよいことになる。つまり、譲渡代金額の一%の税金を支払えばいいことになる。被告人の三年間における譲渡代金の総額は一〇〇億円を超えることはないと認められるから、一億円の脱税をしたことになる。刑法六条によれば、犯罪後の法律により刑の変更ありたるときは、その軽きものを適用するとあるところ、本件は犯罪後の税制改革によつて脱税金額が僅か一億円になる犯罪である。従つて、刑法六条の精神を準用し、被告人の刑は相当程度軽くされるべきである。

一一、大行天皇が崩御され、新天皇が即位されたことで、内閣は恩赦の最大のものである大赦を行うという。大赦は司法手続きによらないで行政権によつて公訴権を消滅させたり裁判所の言い渡した刑の効果を消滅させるものである。恩赦は国民に有難さを与えるものとして、憲法上天皇の国事行為としている。この恩赦は、本来は制度の改廃や社会情勢の変化を考慮に入れてなされるものである。然りとするならば、前述のように税制度が変わり、税率も変化したことでもあるので、税法違反被告事件が大赦に該当しないとしても、その精神から、被告人の刑は相当程度減刑されて然るべきである。

一二、被告人は前科がなく、本件において相当長期の勾留もされ、当然のことがら、勤先からは懲戒解雇となり、約一、六〇〇万円以上の退職金を失い、マスコミによる大々的な非難を浴びるなど社会的制裁も十二分にうけている。

更に、被告人は上司である副社長の金子被告人と一緒だつたからこそ多額の借名口座による取引が出来たものであり、金子から借名口座による取引を禁止されれば、このような多額の脱税をしなかつたものである。この点において、金子より重く処罰されるものではない。

被告人は深く反省しており、証券界から永久追放の処分を受けて、実質的に株式の売買ができない状況にある上、今後は株式の売買を行わないことを誓つており、主観的にも客観的にも再犯を侵す可能性はない。

本件と同じ株取引により得た所得について、約五億五〇〇〇万円を脱税したタテホ化学工業の前常務小林被告人は懲役二年、執行猶予三年、罰金一億円の判決が去る六月二七日神戸地裁で言い渡されて確定している。裁判の衡平の見地から見れば、この判決と比較して、被告人を重く処罰すべきではない。何故ならば、刑事裁判の目的は衡平にあり、この衡平とは、起訴されている当該被告人間だけでなく、他の裁判所否起訴されていない者との間においても衡平を保たれなければならないからである。更に、被告人を刑務所に入れてしまつては未払いの税金を支払うことが出来なくなる。被告人を社会において働かせて税金を納付させた方が、国家財政の見地からも有効的であると思料される。

従つて、この上被告人に対し実刑を科すことは余りに酷である。

然るに、原判決は、被告人を懲役刑につき実刑に処しているのは極めて不当に重い量刑であるので、原判決は破棄されなければならない。

以上

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